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2008/05/08 出品予定の茶壺たち・文革壺
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この二つの文革水平壺はかめきちにとって水平壺の基準となるものです。
かめきちはこの二つの茶壺でいろんな茶を淹れ、さまざまな茶の風味を覚えてきました。

良い茶壺とはどういう茶壺なのか。
美味しい茶が入る茶壺とはどういう茶壺なのか。

使いに使いまくって、ついにこちらの茶壺は口にクラックが入ってしまいました。
使い切った、と思っています。
しかし、茶湯の出は全く変わらず、茶湯がまるで自分の意志であるかのように茶海に向けて飛んで行きます。
「傷付いてもライオン」とはまさにこのことでしょう。


顧景舟が水平壺用に使った落款です。
把下に景記とあります。
“墨緣齋制”、“墨緣齋景堂制”、“墨緣齋意堂制”、“景記”,為顧景洲早期初制水平壺壺用印款。因家境困窘,生活所逼,顧景洲祖母說服顧炳榮,在 1932 年初帶顧景洲學制水平茶壺。數月後,顧景洲學成後自製水平茶壺,即在壺底使用“墨緣齋制”印款。接著又在壺底使用“墨緣齋景堂制”印款,並在壺把或壺蓋上使用“景記”印款。後又接用“墨緣齋意堂制”印款,把款用“景記”印款。壺款俱是顧景洲親自鐫刻,表明了顧景洲喜美術,習書法,好舞文弄墨之志向,並用壺來反映其自己的這一觀點。
かめきちはこれまでに顧景舟の茶壺をずいぶんと使ってきましたが、茶を淹れる茶壺としてはこれに勝るものはないと思っています。
かめきちの水平壺の基準はこの茶壺であり、茶壺の良し悪しを決める基準もまた、この茶壺を原点としてきました。
かたや左側の茶壺は窑変泥と言って、文革壺では非常に珍しいものです。
かなりの高手でなければこうはいきません。


茶壺の内底に「中華人民共和国」のロゴマークが入っていますので、なにかの記念壺だと思います。非常にレアな茶壺です。
右側の朱泥の方は口が傷んでいますので、この顧景舟の窑変泥水平壺の方を出品する予定です。
窑変とは紫砂に特殊な泥料を混ぜ、焼き上げるとその部分だけ色が変わるというものです。
「窑」 yao (2声)
顧景舟の窑変泥水平壺は収蔵家が目の色を変えて欲しがる茶壺です。
かめきちは皆様に「お茶がおいしく入る茶壺」をテーマに茶壺をご案内しておりますので、それならばかめきちが一番おいしくお茶が入ると考えているこの茶壺を出品しなくては、プロとしてのプライドが許さないのです。
それと、販売することよりも、販売しないことの方が機会損失であると考えるに至りました。
かめきちは茶商である限り、善き茶商でありたいと思っております。
この茶壺は一つしかありませんので価格はご相談の上決めたいと思っておりますが、当然お使い頂くために出品するのですから、皆様が納得できる価格でと考えております。ご興味のある方はお気軽にお問い合わせください。
さて、かめきちの基準とする水平壺はどういうものかお分かり頂けたと思いますので、その基準において、これは良壺だと思える茶壺を今回は約30把ご用意いたしました。
これです。

ひとつひとつ細かく吟味して選びましたので、どれもおすすめです。
サイズは100cc、150cc、200ccと3種類に絞り込みました。
この中のいくつかをご紹介します。










全部の茶壺の詳細をアップする時間がありませんので、お問い合わせいただければメールで詳細画像を送らせて頂きます。
これらの茶壺はサイズに関係なく、一把五万円で販売致します。
この価格がリーズナブルな価格であることはお分かり頂けると思います。
個数限定ですので、お問い合わせの順に決定させて頂きます。
※但し、転売目的のご購入は固くお断りいたします。
かめきちはあと数日で中国へ出発しますので、これらの茶壺の販売は明日から3日間だけとさせていただきます。どうかご了承ください。
ご購入希望の方はこちらからお問い合わせください。 
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2008/05/09 文革標準水平壺
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文革標準壺のお問い合わせをたくさんいただきまして、ありがとうございます。
現時点ではまだ半分くらいですが、明日中には完売すると思います。
今回出品した文革壺は、1967年の文革開始時から70年代半ばまでのものです。
かめきちは文革期の茶壺を多数所有しておりますが、その中でもかめきちが最強の文革標準水平壺と呼んでいる茶壺をご紹介します。
これです。







かめきちは落款を見るまでもなく、この作者が誰だか分かります。
この泥料は老黄金泥と言って最高の土を使用しています。
次はこれ。







美しい茶壺です。
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2008/05/10 標準壺の画像
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文革標準壺の洗浄前と洗浄後の画像です。
当時の高手たちは良い土を使っていますので良く育ちます。
ご覧ください。
紫泥文革標準壺

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朱泥文革標準壺

↓





土の良い文革壺は育ちが早いですので養壺するには最適です。
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2008/05/11 倣古とは
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かめきちは以前のブログに、「倣古作品がオリジナルを超えているものがある」と書きました。
今回は、そのような茶壺の代表作と思えるものを二つご紹介しましょう。
二作品とも非常に有名な茶壺ですので、興味がある方はご自分でお調べください。
まずはこれです。





作品:半瓢壺
底印:阿曼陀室
蓋印:彭年
把下印:彭年
次はこれです。






作品:如意紋盖三足壺
底款:葉硬經霜綠、花肥映日紅(時大彬詩款)




※これからしばらくの間、茶壺をショッピングサイトにアップする時間がありませんので、もしお探しの茶壺がございましたら「これこれこういう茶壺が欲しい」とお書きになってお問い合わせください。ご予算も教えていただきましたら、かめきちの在庫の中からお探しいたします。見合うものが無い場合は、かめきちの友人の収蔵家たちから分けていただくことも可能です。お気軽にお問い合わせください。
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2008/05/12 文革標準水平壺とは
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かめきちがこれまでにブログ等で、文革期と文革壺と顧景舟にこだわってきたのは、文革標準水平壺を完成させたのが顧景舟その人だからです。
文革前、おそらく58年から始まる大躍進時代に、政府から紫砂工廠に対して国民全員が使える標準壺をつくるよう要請があったと思われます。
そこで研究が始まり、最終的にかめきちがご紹介した文革標準水平壺が出来あがったのです。
この茶壺をつぶさに観察すればよく分かりますが、この茶壺には顧景舟の思想が凝縮されています。
かめきちは昔、まだ古壺ばかりを集めていた頃、顧景舟の名も知りませんでした。
ある収蔵家から、「これは現代作家の作品だがとても良いものだ」と言ってすすめられ、購入したのが最初でした。
びっくりしました。
正直言って、これほど使い良い茶壺があるのかと、しばし呆然としたのを覚えています。
その時からかめきちの顧景舟研究が始まりました。
かめきちの研究というのは書物を読んだりすることではありません。
徹底的に顧景舟の作品を集め、それらを使いに使い切ることによって理解していくというものです。
ですのでかめきちは自分が使ったことのある作家しか論評はできません。
かめきちにとって顧景舟は神以上です。
こうして一応の研究成果を出すことができましたのも、皆様がかめきちの茶葉をご愛飲してくださったおかげだと思っております。
今後も皆様方に喜んでいただけますように、茶葉と茶壺で恩返しさせていただく所存です。
顧景舟は落款が無くともかめきちには分かります。氏の落款があることで驚くような価格になっておりますが、別に顧景舟のつくったものであれば落款などなくても良いではありませんか?
そう思ってかめきちにお問い合わせくだされば、必ず顧景舟がつくった茶壺をリーズナブルな価格でお探しいたしましょう。かめきちは顧景舟を収集した経験上、「どのような茶壺はどこにあるか」ということを熟知しております。
顧景舟の茶壺は使えば分かります。
顧景舟ほどその人生で多くの茶壺をつくった人もいませんし、顧景舟ほど多くの落款を使用した作家もいません。
書物に紹介されている顧景舟の落款は、氏の全作品の半分にも満たないでしょう。
もうすぐ中国に旅立ちます。それまで、時間の許す限り茶壺をサイトにアップしますので、どうかご覧くださいませ。
5月25日には帰ってきますので、皆さんに新茶をご案内できるかと思います。
茶産地からはリアルタイムで画像をブログにアップするつもりでおりますので、そちらの方もぜひご覧ください。
それでは。
かめきち
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2008/05/13 倣古・朱石楳
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作品:四足蝙蝠如意壷
作者:不明
年代:民国
容量:270cc
湯出口:単孔
顧景舟は朱石楳のことをこのように評しています。
「朱石楳、名は堅。金石書画に長じ、陳曼生より少し遅れて現れ、楊彭年とコンビを組んだ文人である。現存作品に見られる装飾、書画など、格調が高く、彫刻刀の運びも力強い。昔より愛好家に珍重され、識者は競って収集したのである。」
では、この茶壺をゆっくりとご覧ください。













この茶壺もまた、倣古がオリジナルを超えた良い例でしょう。
朱石楳は清、道光時代の文人で、楊彭年や申錫の器体に陶刻を施しています。
かめきちがこの茶壺を倣古と見るのは、それは楊彭年にも申錫にもこれだけの茶壺をつくる技量がないからです。
この茶壺は清末・民国以降の高度な技術によってつくられています。
かめきちが自分の所有する茶壺で見た限りでは、清中晩期の邵柏原、邵友廷から、清末期の趙松亭、程寿珍、俞国良などの名工の間には、確実に大きな技術革新が見られます。
顧景舟は以前に北京の故宮博物院を訪れたとき、数十年にわたって展示されてきた陳鳴遠の作品を見て、「これは昔私がつくったものだ」と言って周りを驚かせたことがあります。
故宮博物院の学芸員でさえも見紛うほどの倣古作品をつくったわけですから、顧景舟の技量は完全に鳴遠を超えていたと言えます。
かめきちの考える倣古と贋作の違いとは、倣古とはオリジナルを超えることであり、贋作とは及ばないことです。
茶壺は茶を淹れる道具ですから、オリジナルであろうが倣古であろうが器体の出来の良い方がいいに決まっています。
今日は清末の名工の作品を何点か出品しました。いずれも高額商品ですので、簡単にポチっとボタンを押していただくことなど考えておりません。もしご購入される場合は、できることならかめきちが手渡しでお渡ししたいと考えておりますので、気になる茶壺がありましたらお気軽にお問い合わせください。
価格等のご相談にも応じます。
それでは、中国へ行ってまいります。
かめきち
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2008/05/19 鳳凰山品茶会
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昨日は年に一度開かれる鳳凰単叢の品茶会に日本代表として参加してきました。
会場に到着するとすでに潮州市茶業界の重鎮たちが勢揃いしていました。


中国で茶業に携わる人ならこの方を知らない人はいません。
かめきちの師であり最も尊敬する茶人でもある黄瑞光先生(63歳)です。現地では「茶仙」と呼ばれています。
先生は1982年に広東省で初の国家級評茶師に選ばれました。当時中国全土で最年少でした。
黄先生は張天福御大ともお友達であり、昨年も天福御大が潮州まで会いに来られました。天福御大は確か今年で98歳だったと思います。
1995年に日本の某大手飲料メーカーが松下智氏を連れて潮州にやって来た時、石古坪村に案内して松下氏にレクチャーしたのも黄先生でした。
黄先生は茶葉の香りを聞いただけで産地を全て当ててしまいます。
それでは品茶会の様子をご紹介します。

会場にはこのようなブースがランク別に3か所設けられており、厳選された茶葉が各8種類用意されていました。
かめきちは烏東山の最高級茶ばかりが集められたブースで品茶しました。
各種類を1煎目、2煎目、3煎目と茶碗に注ぎ分けるので、これだけで合計24種類を品茶することになります。

一通り品茶が進むと今度は2煎目の茶碗に1煎目と3煎目を混ぜ、さらに平均値の風味を品茶します。



皆さん真剣に品茶しています。普段は冗談を言って大笑いしている潮州人もこの時ばかりは大真面目な顔をしています。

一通り品茶が済んだら各審査員はそれぞれの茶葉の点数を点数表に記入します。
品茶の次は茶葉の審査です。


茶葉の形状、色艶、大きさのバランスなどを見るわけですが、最高級茶らしくどれも美しい光沢を放っています。


点数を記入した紙が回収され採点が始まります。
最終結果は今日決定されますが、かめきちは日程の都合上今日潮州を発たねばなりません。残念ですが、結果は大凡検討がついています。

午前の部が終わると、四川大地震の被災者に参加者全員が寄付をしました。

かめきちも日本の茶商を代表して寄付してきました。
個人名ではなく、日本茶商と書いてもらいました。

会場には潮州電視台が取材に来ており、かめきちもインタビューを受けました。オンエアは明日ですが、ローカル局ですので潮州周辺しか放送されないそうです。

潮州電視台の女性ディレクターは頭の良さそうな感じのよい人でした。


昼食は近くのレストランで審査員たちと一緒にとりました。皆黄先生の言葉を真剣に聞いていました。審査員たちも全員が黄先生の元生徒たちです。
先生は17年前のタバコと現在のタバコ(中華)がどのように違うかを教えてくれました。
二刀流でタバコを吸うのは初体験でした。笑
今年の鳳凰単叢の出来具合と特徴がよく分りました。
かめきちは各ランク(特急、高級、中級)を全部で24種類購入することにしました。
ここで「中級」と呼ぶものは一般に日本で販売されている「最高級品」よりはるかにグレードが高いものです。
品種名はここでは書きませんが、帰国次第サイトでご案内しますので今しばらくお待ちください。
今回は日本で初登場の烏東単叢が5種類ほどあります。
それと、久しぶりに大骨貢(貢香)の出来が大変良いですので、楽しみにお待ちください。
次回は石古坪村と烏東村をご紹介します。
今夜から武夷山に向けて出発します。岩茶の情報も現地からご紹介します。
それでは。
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2008/05/21 石古坪村と烏東山
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日程の都合上、品茶会を途中で切り上げ石古坪村に向かいました。
石古坪のことがきちんと理解されていないようですので、かめきちが簡単ですが皆さんにご紹介します。


石古坪は少数民族シェ族の村です。



この方が村で一番の茶農です。名前は出せませんが知る人ぞ知る石古坪烏龍の作り手です。

石古坪は烏龍種ですので茶湯の表面にこのような白い産毛が浮かびます。もしこれが無かったらそれは石古坪烏龍ではありません。

茶葉の微妙な発酵の具合を詳しく説明してくれました。さすがに名人の言うことは深くてとても勉強になります。

シェ族の人たちはこのような出で立ちで茶摘みをします。
昔ながらのつくり方を今もずっと続けているのです。

名人の後方に見える一番高い山が大質山です。標高約1100メートルで最高の石古坪烏龍がとれる山ですが、茶園は山頂の向こう側にあります。
ここからは車で行けませんので歩いて1時間以上かかります。現地の茶農でこのくらい時間がかかるわけですからどれほど厳しいところかご想像できると思います。
この大質山は鳳凰山系の東端にあり、反対側の西端に烏東山があります。
石古坪と烏東山の土質は全く異なり、茶園の土を舐めると石古坪の土は甘く、烏東山の土は苦く感じます。だからと言ってどちらが良いというわけではありません。土質の特徴なのです。
次に烏東山に向かいました。



これらの地名は有名な烏東単叢がとれる場所です。
高山単叢を販売する場合はどこの茶園でつくられたものかを理解する必要があります。烏東山と言ってもたくさんの村や地名があり、場所によって風味が違うからです。
品茶会はそれを確認する意味もあります。烏東単叢を売っている店はそれがどの茶園のものかをきちんと説明できなければなりません。そうでなくては烏東単叢と言って売っても全く信用できないのです。

この道を上がって行ったところに字茅があります。字茅とは地名で、最高級の芝蘭香単叢と桂花香単叢がとれる場所です。字茅芝蘭香は茶葉の香りを聞くだけではっきりとわかります。

さらに山を登っていきます。

ようやく烏東村の入り口にたどり着きました。
ここから5分ほど登って行ったところに宋種があります。



これが宋種東方紅です。
東方紅の茶樹には何度か登ったことがありますが今回は時間がないので無理でした。茶樹に登った画像をお見せすればその大きさがよく分るのですが。
老叢(原木)の周りには后代が植えられています。
烏東山で老叢といえば自然交配で出来たものですので栽培したものとは違います。つまり原木という意味です。
ここから山頂に向けてぐるっとカーブを曲がったところに獅頭村があります。そこは最高級の黄枝香単叢がとれるところです。あと茶農に案内してもらわなければわかりませんが、道路を少し下ったところに樹齢約700年の宋種蜜香単叢の茶樹があります。画像は帰国してからご紹介します。
今年の目玉のひとつは、宋種蜜香単叢と並んで「十大銘香型」のひとつに数えられる「烏東老叢夜来香」です。夜来香単叢はいくらでもありますが、今年ようやく原木を手に入れることができました。素晴らしい風味ですので楽しみにお待ちください。原木ですので総量が2斤ほどしかありません。
これらの情報と画像は帰国してから詳しくご紹介する予定です。
明日は今年の武夷岩茶と大紅袍をご紹介します。大紅袍は去年から茶樹を守るために新芽を摘まなくなりましたので元気な新芽の画像をご紹介できるでしょう。
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2008/05/22 武夷山・大紅袍
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かめきちは武夷山に行くと必ず大紅袍に挨拶に行きます。
大紅袍の原木が10gで何百万円したとか、大紅袍の原木の茶葉を貰って飲んだことがあるとかいろいろと聞きますが、それらは全てプロパガンダに踊らされていたのです。
仮にそうした事実があったとしても、その茶葉は決して原木ではありません。なぜならば、原木の茶葉はずいぶん以前から、とてもおいしく飲める代物ではなくなっていたからです。
このことは武夷山の内山の茶農なら皆知っていることですが、それを言うことは今までタブーでした。
かめきちはこの10年間毎年大紅袍を観察してきましたが、年々弱っていく姿を見て、このままでは死んでしまうだろうと思っていました。
ところが、そのタブーを突然破ったのはなんと中国政府です。
中国政府は年々衰えていく大紅袍を見て、一昨年大きな決断を下しました。
大紅袍の健康を取り戻させるため、昨年より一切の採茶をやめてしまったのです。
ですから大紅袍は昨年からまったく採茶されていません。
本当に大紅袍の原木がそれほど素晴らしいものならばこれは大ニュースになるはずですが、全く報道されないのはどういうことなのか、ということを考えてみてください。
かめきちが見る限りでは、大紅袍はこの1年間で本当に元気になったと思います。
その結果かどうか分りませんが、武夷岩茶全体の売り上げが今年は昨年の5倍になったそうです。
中国政府の勇気ある決断を高く評価したいと思っています。
それでは元気を取り戻した大紅袍をご覧ください。








大紅袍は全部で6本ありますが、どの樹もたいへん元気になりました。
この緑の新芽を見てください。大紅袍のこのように青々とした新芽を見たことがありますか?
かめきちは今年、大紅袍(二代)の最高のものを日本に持ち帰ることを決意して武夷山にやってきました。
ではその大紅袍(二代)の最高の茶樹はどこにあるかというと、


この天車架と呼ばれる岩の頂上にあるのです。
ただあると言っても誰も信用しないでしょうから、かめきちがこの天車架の頂上に登ってご紹介します。

この山門を抜け道なき道を果てしなく登っていきます。

途中で下を見てはいけません。一歩も前へ進めなくなってしまいます。
40度以上はあるかと思うような斜面の幅50センチほどの道をひたすら登っていきます。
全身から汗が噴き出します。
登り始めて小一時間、そろそろ体力の限界かと思う頃やっと頂上にたどり着きました。

この中心に見える木の向こうに見えるのが鷹嘴岩です。
鷹嘴岩とは福建省のシンボルとなっている岩です。

これは鷹嘴岩を下から見た画像です。
お分かりでしょうか?
鷹嘴岩の頂上が目線より下に見えます。
真下を見ると気を失いかけます。


本当に天に近づいたような気分です。

これらの茶樹が大紅袍(二代)です。
(全部ではありません。肉桂と304号もあります)
天車架の頂上には約20ムーの茶園があります。このことを知っている人は内山に住む限られた茶農だけです。
この大紅袍こそが、現在「大紅袍」と呼べるものなのです。原木よりはるかに厳しい場所に后代を植えたのです。
ここにある大紅袍だけが「原木を超えている」と言われるものです。
産量は製茶して全部で10斤に満たないでしょう。

大紅袍の新芽はこのように赤くなります。これは新芽を摘んで残ったものですが、採茶直前の新芽は深紅に輝いています。
ここで採茶した大紅袍(二代)はまだ毛茶の状態ですので明日精茶して炭焙にします。
もちろん無農薬有機茶で完全手工です。
炭焙の様子は明日の夜にアップします。
ところで話は変わりますが、大紅袍(原木)の近くに不見天という茶樹があります。


ご覧のように岩がせり出してきて「天が見えない」という意味で付けられた名前です。
この樹が岩の中腹にあるものを半天腰と呼びます。
ですから半天腰の腰はこの字が正しいのです。
それでは明日の大紅袍炭焙画像をお待ちください。
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2008/05/22 大紅袍の火入れ
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これが5月6日に採茶した大紅袍の数日前の写真です。
ご覧のように茶葉に虫食いの跡があります。
無農薬栽培の証拠です。

最高品質の大紅袍はこのように茶葉が真紅に輝いています。
その美しさには目を見張るものがあります。

大紅袍はこのように丁寧に茶葉を摘み取ります。
これにも虫食いの跡が見えますね。
かめきちは二人の茶師と昨夜から夜通しで火入れを行いました。
大紅袍の火入れは岩茶の中で最も難しく茶師の力量が問われます。

茶師が竈に炭を入れます。この炭の入れ方がとても大事なのです。

次に茶師が炭に火を起こしますが、大きな炭がまんべんなく燃えるようにするには熟練した技術が必要です。
キャンプで火を起こすのとはわけが違います。

火が安定するまで待ってから、全体に灰をかぶせます。このときの灰の厚さで温度調節をするのです。

ひとつの籠には4斤(2kg)が限度です。


同時に数種類の茶葉を火入れしますので品種と採茶日がわかるように紙に書いて茶葉の上に置きます。
昨日は大紅袍と同時に金佛と老叢水仙を火入れしました。
それぞれの火入れ時間は全部違います。
老叢水仙のように茶葉が厚い品種は当然火入れ時間が長くなります。
火の入れ過ぎだけには絶対に気を付けなければなりません。





まず4時間火入れをしたら一度品茶します。
この時点で部屋中に甘い香りが漂っています。

その後は1時間ごとに品茶しながら花香の立ち方を見ていきます。

これは6時間火入れをした時の水色です。
香気も味道も完璧に近い状態に仕上がってきましたが、ここが最も難しい決断の為所なのです。
ここでやめるかどうするか…。
この大紅袍だけは絶対に失敗は許されません。
かと言ってここで弱気になると茶葉にその気持ちが乗り移ってしまいます。
茶師はかめきちの決断を待っています。
「烤一点。」(あと1時間やろう)
かめきちは茶師に命じました。
ここが覚悟の決めどきなのです。
まんじりともせず熱い部屋の中で1時間待ちました。


かめきちのイメージ通りに仕上がりました。
と言うか、茶師がかめきちのイメージを十分に理解してくれたおかげです。
この大紅袍にはしっかりとした岩骨があります。
岩韵というのは内山茶特有の香気のことですが、良くできた茶葉には岩骨と呼ばれる強い回甘が認められます。
茶葉の仕上げは茶師との暗黙のコミュニケーションがうまく機能するかどうかにかかっているのです。
この茶師は本当によく働いてくれました。
これがかめきちの言う無農薬有機完全手工茶です。
簡単に言えば、昔のままの作り方なのです。
現在の武夷山はほとんどが機械で製茶しています。
文革が終わった1978年から武夷山は観光地として観光客を受け入れるようになりましたが、当時は観光などできる中国人はほとんどいませんでした。
そして1983年までは武夷山の正岩茶はすべて厦門にある茶葉輸出公司が買い取っていました。買い取るといっても、その代価は全部米の配給によって行われていたのです。
今年はかめきちがつくった大紅袍をぜひ皆さんに飲んで欲しいと思っています。
それでは。
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2008/05/24 茶壺について
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現在帰国の準備をしています。
今回の茶葉は全てにおいて非常に満足できる結果を出せましたので、帰国次第(明日夜以降)アップしていきます。
それと茶壺ですが、今回はかめきちが中国に保管してある約3000把の古壺の中から、文革壺の良壺をメインに名家壺など約200把を持ち帰るようにしていますので楽しみにお待ちください。
その中の一部をご紹介します。

顧景舟 僧帽壺

朱可心 魚化龍

季碧芳 報春壺
皆さんがあっと驚く茶壺たちをたくさんご紹介する予定です。
それでは。
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2008/05/25 武夷岩茶
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今夜から武夷岩茶をアップします。
今年の武夷岩茶12種類の写真を現在撮影していますで、順番にアップしていきます。
◇香肉桂 【観柯・鷹嘴岩】
◇老叢水仙 【炭窑】
◇金佛 【楓樹柯】
◇北斗 【双乳峰】
◇304 【天車架】
◇水仙 【三仰峰】
◇肉桂 【三仰峰】
◇大紅袍 【天車架】
◇水金亀 【楓樹柯】
◇鐵羅漢 【楓樹柯】
◇白鶏冠 【天車架】
◇野生紅茶(一芯一芽)【観柯・鷹嘴岩】
以上がかめきちが選んだ今年最高の武夷岩茶12種類です。
茶葉は全て無農薬有機で完全手工炭焙です。
それではちょっと痛い文革壺の画像でもご覧になって夜までお待ちください。












ちょうど40年前です。
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2008/05/27 茶壺の見方・顧景舟
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茶壺の見方には色々とありますが、今回は泥料から見る茶壺の見方をひとつご紹介しましょう。



この二つの茶壺は顧景舟がつくったものです。
民国末期から文革前期までの間だと思います。
当然、「証拠を見せろ」と仰るでしょう。
お見せしましょう。

これらは全部顧景舟の作品です。



この7種類は顧景舟が何かの贈答用につくったものです。
全て水平壺であり、「茶を淹れること」を最も重要と考えてつくった形跡が窺えます。
容量は左から順番に、80cc、90cc、120cc、150cc、170cc、200cc、230ccです。
このセットをもらって文句を言う人はいないでしょう。
かめきちは宜興の収蔵家からこれらの茶壺を見せられた時、あまりの驚きにのけぞったほどです。
その収蔵家は、「先代が貰ったものだ」と言いました。
おそらく本当でしょう。
かめきちが手に入れた時は全部未使用品でした。
中の200ccの中国のロゴマークが入った水平壺だけを下ろして使っていますので、あとの茶壺は全部未使用です。
この200ccの水平壺だけ湯出口が蜂の巣と呼ばれる球網で、あとの6つは全部単孔です。顧景舟は何かの意図を持ってこのようにしたと思うのですが、贈答用らしく丁寧に心をこめてつくっていますので当時そこまで考えた人はいなかったでしょう。
顧景舟はこう言いたかったのではないかと思います。
「標準壺は球網を使っても良いが、本当は単孔の方が良い」
と。
そしてこれらの茶壺は全て容量とかたちが異なり、全部の落款、詩款が違います。どれひとつとっても良く考えて付けた印だという印象を受けます。
顧景舟は基本的に水平壺には自分の銘の入った落款を使用していません。かめきちはここに大師の遊び心を感じるのです。
この窑変泥と呼ばれる泥料は作家のオリジナルですので他人が真似することはできません。
かめきちはこれらの泥料と窑変泥の色の変化をルーペ(nikon 20D Xl)でつぶさに観察しました。
結果は「全く同じ表情」でした。
宜興の作家、茶壺商、泥料の専門家にも問い合わせた結果、これらは「同じ泥料を使って、同じ時に、同じ窯で焼いたもの」という結論に至りました。
窑変泥とはそういう性質のものですので、「一度きり」なのです。
ですからこの窑変泥の同じ表情というのは落款などよりもはるかに強い根拠を持つものです。
科学的根拠というものです。
それではこちらをご覧ください。


いかがですか?
どのように見ても同じ手によるものであり、同じ彫刻刀裁きであり、同じ字体です。
つまり、
A=B,B=C
ゆえに、
A=C
ということなのです。
6月21日、22日と東京のanomaで恒例の品茶会を開催しますが、今年は各テーブル全部に顧景舟の茶壺を使う予定です。
鳳凰単叢原木を始め、茶葉は全て無農薬完全手工の最高のものを使います。
その時に上記でご紹介した窑変泥の顧景舟を全部持って行きます。
皆さんがご購入できる価格でお譲りしたいと考えていますので、興味がある方はぜひおいで下さい。かめきちが使用した水平壺以外の6把を販売したいと思っています。
これらの茶壺は、
顧景舟が贈答用として心をこめてつくっていること。
特殊な窑変泥を使用しているのでどれも世界に一つしかないこと。
同じ時に焼かれた兄弟が日本に存在すること。
全部サイズとかたちが違うこと。
未使用品であること。
そして、これらの茶壺は破損しない限りかめきちが永久保証します。
窑変泥の茶壺の育ち方をみんなで見せ合うのも楽しいと思います。
価格は当日anomaでご案内いたします。
参加ご希望の方は直接anomaまでお問い合わせください。
当日は品茶の合間に「良い茶壺の見方」をご紹介します。
それでは顧景舟の40年代後期作品、僧帽壺をご覧ください。










作品:僧帽壺
作者:顧景舟
底印:足吾所好玩而老焉
蓋印:顧景舟
年代:1940年代後期
容量:800cc
“足吾所好玩而老焉”、“得一日閑為我福”,為顧景洲成名後所用藝名印款。 1948 年,顧景洲在滬上仿製時大彬《僧帽壺》、陳鳴遠《四方壺》獲得成功。顧制僧帽壺、四方壺極為精緻,獲得各界好評,贏得家鄉宜興紫砂同業公會的承認並為時人稱謂“方器高手”之美譽。顧景洲為榮譽而驕傲,更加勤奮,埋頭製作,以閑玩情趣來調節自己的疲勞和辛勞,親自鐫刻“足吾所好玩而老焉”、“得一日閑為我福”之藝名章,既是顧景洲內心的真情流露,也充分體現出顧景洲對事業的忘我精神。他對紫砂已入了迷,愛得發狂,愛不釋手,忙得一天都不得閒,忙得一天都沒時間休息,故發出“得一日閑為我福”之感歎!
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2008/05/29 岩茶の無性繁殖について
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この画像を見てすぐに分かる人はかなり武夷岩茶に詳しい人です。
なぜならば、ここは観光客、一般人は立ち入ることができません。
内山の限られた茶農だけしか入ることを許されないのです。
これは、天心岩下の川沿いの畑で茶樹の無性繁殖をしている場所なのです。


このように茶葉を枝から摘んで土に挿し木し、クローンをつくっています。
これは梅占という品種です。

これは雀舌という品種ですが、もう根が出てきています。無性繁殖に成功したものですね。
そして、

これは茶葉を見ればすぐに分かりますね。
大紅袍です。

大紅袍の新芽はこのように赤く、もう少し大きくなれば赤が消えて行きます。

これなどは無性繁殖に失敗したものです。
大紅袍の繁殖は難しいと言われています。
問題はこれらのクローンをどこに植えるか、ということです。
武夷山の内山の茶農はどこの岩がどの品種に合うかを良く知っています。


このような場所です。日当たりと風通しが良く人が来ない場所です。そうでないと苗を盗まれてしまうからです。ですから茶農は茶樹の管理に人を雇っているのです。茶樹を守る経費も現在ではばかになりません。
ものごとの原理は、日当たりと風通し、だとかめきちは思っています。
このように土に挿し木せず、肉桂や水仙に大紅袍を接ぎ木したものを小紅袍と呼びます。
だから小紅袍という品種は存在しません。


内山の中を歩いているとこのような野生種をたまに見かけます。
これらは天心岩九龍窑にある大紅袍のように石垣で丁寧に囲っています。
昔から良い茶葉が採れる茶樹だったのでしょう。
場所が違えばこの茶樹も大紅袍と呼ばれたかも知れません。

これらは菜種と呼ばれる野生の茶樹の葉ですが、こんなにかたちが違うのです。
これらの菜種の新芽を一芯一芽で摘んでつくったのが今回ご紹介する武夷野生紅茶です。
菜種は一か所に集まっていませんので採茶にものすごく手間がかかるのです。たくさんの人を雇って摘まないと間に合わなくなります。
だから現在はかめきちが持ち帰ったこの紅茶以外、おそらく誰もつくっていないでしょう。

この樹は樹齢20数年の老叢肉桂です。

20年を超えると茶樹の根元にこのような藻みたいな植物が生えてきます。
これが老叢を見分ける一つの方法です。
茶樹が大きいからと言って、老叢とは言えません。品種によって、また生えている場所によって違うのです。


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2008/05/30 鳳凰山品茶会風景
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かめきちが「大兄」と呼んでいる鳳凰山の茶農のドンです。いつも自家製焼酎に殺されます。今は国家級評茶師を目指して黄先生について必死で勉強中。

始まるまではまったく緊張感がありません。いかにも広東らしい風景ですね

まず潮州市茶業界の重鎮二人に挨拶。(ようきたのー、まぁ茶飲めや)

そこへ黄先生、入ってくるなり物も言わずにいきなり重鎮二人の飲んでる茶を品茶。一瞬「しぃーーん」となる。


真中の黄瑞光先生から右に二人目が、「中国鳳凰茶」の著者である黄柏梓先生です。

裏部屋を覗いたら茶葉を品茶用にきちんと量って小分けしていました。

いよいよ品茶会がスタートしました。「いきなり最初から蘭花香かよ…」

黄先生がテーブルに来るとすかさず潮州電視台がパン。

だんだん白熱してきます。

最後に葉底を見ます。「ん~、この葉脈の色はちょっと殺青がアマイかも…」

そしてみんなの意見を集めて一回目の採点をします。

結果を黄先生に報告。「一回目はこれが一番ゆーことになりましたが…。」「ふんふん、ふんふん」(何も言わない)
(この茶農はかめきちを初めて宋種に連れて行ってくれた人。ここの娘さんは表彰されるほど勉強がよく出来る子です。)

次に茶葉の審査が始まりました。

茶葉は手で触らず箸でほぐしながら見ます。みんな真剣です。

茶葉の採点です。これはすんなりとみんなの意見が一致しました。


午前中の採点表が集められ集計されます。黄先生は今年の単叢の特徴を話してくれました。何よりも勉強になります。

最後は参加者全員が四川大地震のための寄付を行いました。
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2008/05/31 茶壺の見方・器体から作者を読む
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この茶壺は以前ブログでご紹介した楊彭年・陳曼生コンビの代表作、「半瓢」の倣古作品です。
そしてこちらがオリジナルの画像です。

半瓢
清・嘉慶
高72mm 口径66mm
把梢印:彭年
器底印:阿曼陀室
上海博物館所蔵
かめきちは以前のブログで、「この倣古壺はオリジナルを超えている」と書きました。
今回はそれを詳しくご説明しましょう。

まず、かめきちがこの器体を見て思ったことは、「この茶壺を倣古と呼ぶべきかどうか」ということです。
どういうことかと言うと、普通一般に倣古と言えば、過去の名工たちの作品を模してそっくりにつくり、腕を磨いていくというものです。
ところがこの茶壺(作者)は違います。
オリジナルの詳細には、高72mm 口径66mm とあります。
しかしこの倣古は口径は66mmと同じですが、高さが85mmとオリジナルより10mm以上も高いのです。
作者はこう考えたのだと思います。
「この器形はバランスが良くない。私ならこうつくる」
と。
つまり、オリジナルを模すどころか、「オリジナルを修正してより完全な茶壺を自分でつくろう」
と考えたのだと思います。
ではこの茶壺をゆっくりとご覧ください。






いかがですか?
かめきちには完璧(に近い)に見えます。
この器体を見ただけでも、この作者は並ではない観察力と並ではないデッサン力を持っていることが分かります。
そしてこの彫刻刀捌きは見事としか言いようがなく、陳曼生に挑戦しているようにすら見えます。
ではいったいこの器体をつくったのは誰なのか?
ということです。
かめきちは現代作家の名工の作品と見比べてみました。
同じ器形のものがありませんので似たような茶壺(技術を要する)を選びました。
これです。




これも見事な器体でかめきちの大のお気に入りです。
谭泉海の陶刻も素晴らしいものが感じられます。
しかし、この二つの茶壺をつぶさに見比べると、圧倒的な力量の違いが見えるのです。
画像では説明が難しいですが、まず持った時のバランス感、作者の重心のとらえ方、口の切り方、湯水の出の勢い、湯切り、把の付け方と持った時の安心感、胎の厚さ(薄さ)、胎の合わせ方、などを比べると、明らかに力量の違いが分かるのです。
それもただ上をいくというものではなく、「完全にぶっちぎっている」というレベルなのです。
この器体の作者ですが、


故李碧芳女史です。
かめきちは全盛期の李碧芳を一気にぶっちぎるほどの力を持った作家は3人しか知りません。
裴石民と朱可心と顧景舟です。
この半瓢は民国晩期につくられたものですから、どう考えてもこの3人以外にいないでしょう。
かめきちはこの3人の作品はよく使っていますので特徴を理解しています。
朱可心、顧景舟はすぐに分かりますが、裴石民の茶壺(水平壺)は持った時に一瞬顧景舟と間違います。
この二人は極端な特徴が出ていない限り、非常によく似ています。
顧景舟と李昌鴻のような似方ではなく、技術力と手のかたち(多分)が似ているのです。
このようにしてこの器体の特徴を総合して考えると、この半瓢壺の作者は顧景舟以外に考えられないと言う結論に行きつくのです。
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